足袋の端

小屋の遺影

 幻覚のような夢のような、とにかく曖昧な話だ。

 幼い頃両親に連れられて、遠方にある父方の実家へ遊びに行くことが毎年1、2回ほどあった。言うまでもないことだが、それは別段特別なことではなかった。父方の両親に挨拶を済ませると、田舎特有の古くからある屋敷とでもいうような無駄に広い家の中や庭を、探検でもするように私は遊んでいた。

 ところがその恒例の行事は、私が小学校4年生の頃に、ふっつりと終わりを迎えることになった。

 これは、最後に父方の実家へ向かった時のことだ。

 

 季節のほどはもう覚えていない。夏休み、お盆の頃だったような気もするし、ゴールデンウィーク期間中だったような気もする。

 ふと気がつくと、私はトタン造りの、古ぼけたバス停のような空間にいた。

 周囲には両親どころか、人っ子一人いない。

 そもそも、父の実家へは父が運転する車で向かっていたので、バス停に用があるはずもない。それにひょっとすると、そこはバス停ですらなかったかもしれない。たとえばそこは、入口側の壁面がない、三面の壁とトタン屋根からなる小さな物置小屋のようなものでもあった。

 そんな空間に、私は一人でぽつねんと、何をするでもなくただ佇んでいた。

 どれほどの時間そうしていたのか、わからない。体感では優に1時間を超えて、そこに黙って突っ立ていた気もする。しかし当時小学生の自分にそのような真似ができるか、怪しいものだ。

 見知らぬ場所に小学生が一人でいて、泣きも騒ぎもせずに長時間、それも直立したままいられるだろうか?

 

 とにかく、そうしていると道の向こうの方から、ゆらゆらと人が歩いてくるのが見えた。

 最初はおぼろげだった人影が徐々に明瞭になってくるのを、私はじっと見ていた。

 歩いてきているのは中年の男だった。右脇に板状のものを抱えて、周囲には何もない田舎道をこちらへゆっくり歩いてくる。

 私が黙って近づいてくるのを眺めていると、とうとう、彼は私のいるバス停のような空間のそばまで来て立ち止まった。そして私を見下ろして、

「こんな所で何をしているのかな」

 というようなことを言った。

 そう言われても私だって知らない。答えに窮して、私はモゴモゴと口を動かした。

「ええと……よくわかんない」
「わからない?」

 何かそれらしい理屈をつけないといけない。幼いながらにそう察した私は、適当にごまかすことにした。

「多分、誰かを待ってる……のかも」

 すると男は、

「ああ。それって、この人じゃない?」

 と、脇に抱えていた板状のものを持ち替え、くるりとこちらに向けた。

 それは、正装をした男性の胸から上の写真を収めた、額縁だった。

 今にして思うと、黒縁のそれは遺影であったと思う。ただ異様なことに、写真に写る男の首から下は成人男性が着るようなスーツで身を固めてあったのだが、首から上、つまり顔は、当時の私くらいの幼い男児の顔をしていたのだ。しかもその頭部が著しく大きい。

 写真の無表情な男は頭と胴体とでバランスを欠いており、不自然さが際立っていた。

「この子を待ってたんじゃない?」
「あの、この子じゃ──」
「名前がわかるんじゃないの?」

 私が答えるのを遮って、男は質問を重ねた。

「名前も知らないです」

 慌てて私が首を左右に振りながら応じると、男は、

「わからないかあ。じゃあ、わからないならいいかあ」

 と抑揚をつけず、まるで独り言のように口にし、再び歩き出した。

 そして私は、去っていく彼の背中が見えなくなるまで、じっとその空間から見送っていた。

 

 それが、父方の実家に向かった時の最後の記憶になる。そしてそれ以降、私が父の実家を訪れることは一度もなかった。


出典

配信回: 禍話フロムビヨンド 第十三夜
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/802947573
タイムスタンプ: 41:00 - 44:30